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父が亡くなり、相続人は母と子ども二人。ところが同居していた母は数年前から認知症が進み、書類の意味を理解して署名することができません。遺産分割協議を始めようとしたら、金融機関の窓口で「お母様ご本人の意思確認ができないので、成年後見人を立ててください」と言われた。これは相続の現場でもっとも多い「詰まり」の一つです。
結論から言えば、判断能力を失った相続人がいる場合、家庭裁判所で成年後見人(本人に代わって財産管理や契約を行う法的な代理人)を選んでもらわないと、遺産分割協議を有効に進めることはできません。ただし成年後見には見落としやすい重い前提があります。いったん始めると、遺産分割が終わっても後見は終わらず、後見人への報酬が本人が亡くなるまで続くことです。何を基準に選ぶかは、「目先の分割を通す費用」ではなく「その後ずっと続く費用」で判断するのが正解です。
認知症の相続人がいると遺産分割協議が止まる理由

遺産分割協議は、相続人全員が内容を理解して合意し、署名・押印して初めて成立します。相続人の一人が認知症などで判断能力を欠いている場合、その人の署名は法律上の有効な意思表示とみなされません。家族が代わりにサインすることも、本人に不利益な合意をさせることも認められません。
「実印を預かっているから代わりに押せばいい」と考える方がいますが、これは無効な協議になるだけでなく、後々のトラブルや私文書偽造の問題につながります。正しい手順は、家庭裁判所に成年後見開始の申立てをして、本人のための後見人を選任してもらい、その後見人が本人の代理人として協議に加わることです。
この停滞は税務の期限にも直結します。相続税の申告・納付期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です(国税庁タックスアンサーNo.4205)。分割がまとまらないまま期限を迎えると、配偶者の税額軽減などの特例をいったん使えない形で申告する事態になり得ます(この点は別記事で扱います)。基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人の数で計算され、後見人を立てても法定相続人の数え方自体は変わりません(同No.4152)。
成年後見でかかる費用の全体像
成年後見の費用は、大きく「申立てのときに一度だけかかる費用」と「後見が続く間ずっとかかる費用」の二つに分かれます。相続を通すために注目されがちなのは前者ですが、実際の負担が大きいのは後者です。
申立て時に一度だけかかる費用の内訳
- 申立ての手数料
参考までに、家庭裁判所の別の手続きである相続放棄は、収入印紙800円(申述人1人につき)と郵便切手だけで済みます(裁判所「相続の放棄の申述」)。成年後見の申立ては、本人の判断能力を医学的に確かめる診断書や、場合によっては鑑定が加わるため、相続放棄より手間と実費がかかると考えておくのが安全です。実額は申立先の家庭裁判所で必ず確認してください。
後見が続く間ずっとかかる費用
後見人が専門職(弁護士・司法書士など)の場合、家庭裁判所が1年ごとに報酬を決めて本人の財産から支払います。この報酬付与の審判は、後見人が業務を続ける限り毎年行われます。金額の「めやす」は各家庭裁判所が公表しており、本人の管理財産額が大きいほど基本報酬に加算される仕組みが一般的です。
後見人報酬は本人が亡くなるまで続く

ここが本記事でもっとも伝えたい核心です。成年後見は「遺産分割を通すための一時的な手続き」ではありません。いったん後見が開始すると、原則として本人の判断能力が回復するか、本人が亡くなるまで途中でやめられません。遺産分割が無事に終わっても、後見人は本人の財産管理を続け、専門職後見人であれば毎年の報酬が発生し続けます。
つまり、費用の総額は「就任してから本人が亡くなるまでの年数」で決まります。仮に月額の基本報酬を年間分にならし、それが10年続けば、単純計算で年額の10倍が本人の財産から出ていくことになります。分割のために数か月だけ後見人に入ってもらうつもりが、結果として十数年分の報酬を負担するケースもあり、これが「安易に始めて後悔した」という声の正体です。月額のめやすが確定していないため総額の試算はここでは示しませんが、判断の軸は「一度きりの費用」ではなく「続く費用の合計」だと押さえてください。
専門職後見人か親族後見人かで費用は変わる
後見人には、親族が就く場合と、弁護士・司法書士などの専門職が就く場合があります。誰が後見人になるかは申立人が指定できるわけではなく、最終的に家庭裁判所が本人の状況を見て選びます。
| 比較項目 | 親族後見人 | 専門職後見人 |
|---|---|---|
| 報酬 | 無報酬とすることが多いが、報酬付与の申立ては可能 | 家裁の決定に基づき毎年発生 |
| 選ばれやすい場面 | 財産が少なく、親族間に争いがない | 財産が多い、遺産分割で利害が対立する、親族間に不和がある |
| 相続との相性 | 後見人自身も相続人だと利益相反になりやすい | 中立の立場で分割協議に加われる |
広告この記事の結論:相続手続きのnocos
後見人報酬が本人の死亡まで続く負担を踏まえ、申立て前に専門家が在籍する窓口に相談する方法もあります。
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注意したいのは利益相反です。認知症の母の後見人に、同じ相続人である子がなると、母の取り分をめぐって「後見人の立場」と「自分の相続人としての立場」が衝突します。この場合は特別代理人の選任など追加の手続きが必要になり、費用も手間も増えます。遺産分割を目的とするなら、はじめから中立の専門職が選ばれる可能性が高いと見ておくのが現実的です。
遺産分割だけを目的に始める前の判断フロー
成年後見は本人を守るための制度であって、相続を通すための道具ではありません。始める前に、次の順で検討してください。
- その相続人は本当に判断能力を欠いているか。軽度で、内容を理解して意思表示できるなら後見は不要な場合があります。まず主治医に相談します。
- 分割を急ぐ必要が本当にあるか。相続税の申告が必要な規模(基礎控除を超える)なら10か月の期限があり、後見を急ぐ理由になります。申告不要で急がないなら、他の選択肢を検討する時間があります。
- 後見を始めた場合、本人が亡くなるまでの想定年数と、その間の報酬総額に家族が納得できるか。ここで「続く費用」を必ず見積もります。
- 本人がまだ元気なうちに備える段階なら、任意後見や家族信託など、本人の意思で設計できる制度のほうが柔軟な場合があります(これらは別記事で扱います)。
①〜③を通っても後見が必要だと判断できたら、家庭裁判所への申立てに進みます。逆に、判断能力がまだ十分で急ぐ理由もないなら、後見以外の方法を先に検討する価値があります。
手続きの流れと期間の目安

成年後見開始の申立ては、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。診断書の取得、申立書と財産目録の作成、家庭裁判所での面接、必要に応じた鑑定を経て、後見人が選任されます。申立てから選任までは、事案にもよりますが数か月かかることが多いです。
相続手続き全体の中で、成年後見はあくまで「協議に入れる状態を作る」ための入口にすぎません。その先の名義変更や登記にかかる費用の全体像は、相続手続きの費用相場をまとめた記事で確認してください。
よくある質問
遺産分割が終わったら後見人をやめられますか
やめられません。成年後見は特定の手続きのためだけに使う制度ではないため、遺産分割が完了しても本人の判断能力が回復しない限り継続します。専門職後見人であれば報酬も続きます。
後見人への報酬は誰が払うのですか
本人(被後見人)の財産から支払われます。家族が別途負担するのではなく、認知症になった本人自身の預貯金などから、家庭裁判所が決めた額が毎年支払われる仕組みです。
子どもが母の後見人になれば報酬はかからないのですか
親族後見人は無報酬とすることが多いですが、家庭裁判所が専門職を選ぶ場合もあり、申立人が指定はできません。また子が相続人でもある場合は利益相反となり、特別代理人が必要になることがあります。
認知症の相続人を外して他の相続人だけで協議できますか
できません。相続人全員の合意が必要で、判断能力を欠く人を除外した協議は無効です。家族が代わりに署名・押印することも認められません。
費用が続くのが負担です。他に方法はありませんか
本人がまだ判断能力を保っている段階なら、任意後見や家族信託など本人の意思で設計する制度が選択肢になります。すでに判断能力を失っている場合は法定後見が原則で、詳しくは家庭裁判所や専門家に相談してください。
申立ての費用はいくらですか
収入印紙・登記手数料・郵便切手・診断書代などがかかり、鑑定が必要な場合は鑑定費用も加わります。実額は申立先の家庭裁判所により異なるため、公式サイトや窓口で確認してください。本記事では確定した公表額のみを示す方針のため、金額は各家庭裁判所での確認をお願いします。
相続税の期限に間に合わないときはどうなりますか
相続税の申告・納付期限は死亡を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁No.4205)。後見人の選任が間に合わないと未分割のまま申告することになり、一部の特例が使えない形になり得ます。この扱いは別記事で解説します。
この記事の費用・期限・法令に関する情報は2026年9月時点のものです。成年後見の申立費用・鑑定費用・後見人報酬のめやすは家庭裁判所ごとに異なり、追加の確認が必要な項目には本文中に確認マーカーを付けています。実際の手続きの前に、必ず管轄の家庭裁判所と専門家に最新の内容を確認してください。
参考・出典
- 国税庁 タックスアンサー No.4205 相続税の申告と納税 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.4152 相続税の計算(基礎控除) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4152.htm
- 裁判所「相続の放棄の申述」(家庭裁判所への申述手続きの参考) https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html
- 民法(意思表示・遺産分割の根拠)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

