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親が80代になり、物忘れが目立ってきた。まだ受け答えはしっかりしているが、この先、預金の管理や実家の売却を子である自分が代われるようにしておきたい。そう考えて調べ始めると、「任意後見」と「家族信託」という二つの言葉に行き当たり、どちらも「元気なうちに契約しておく制度」と説明されていて違いが分かりにくい、というのはよくある悩みです。
結論から言うと、選ぶ基準は「本人の生活・介護面の判断まで代わってほしいのか、それとも財産の管理・承継だけを柔軟に任せたいのか」です。介護施設の入所契約や入院の手続きといった身上監護(本人の生活や療養に関する法律行為の代理)は任意後見にしかできず、家族信託ではできません。ここが二つの制度の決定的な分かれ目になります。以下では、任意後見制度とは何かと手続きの流れ、費用のかかり方、そしてどちらを選ぶかを順に整理します。
任意後見制度とは|判断能力が落ちてから始まる後見の予約

任意後見制度とは、本人にまだ十分な判断能力があるうちに、将来認知症などで判断能力が低下したときに備えて、「誰に」「どんなことを任せるか」をあらかじめ契約で決めておく仕組みです(任意後見契約に関する法律に基づく制度)。契約の相手(任意後見人になる予定の人)は家族でも専門家でもかまいません。
すでに判断能力が低下してしまった後では任意後見は使えず、その場合は家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見」に進むことになります。任意後見は「元気なうちの予約」であり、契約したその日から権限が発生するわけではない点が特徴です。
任意後見の手続きの流れ
- 本人と将来の任意後見人が、任せる内容を決めて任意後見契約を公正証書(公証役場で作る公的な証書)で結ぶ。公正証書での作成が法律上の要件です。
- 公証人からの嘱託により、契約内容が法務局に登記される。
- 本人の判断能力が実際に低下したら、家庭裁判所に任意後見監督人(後見人を監督する人)の選任を申し立てる。
- 監督人が選ばれると契約の効力が発生し、任意後見人が財産管理や身上監護の事務を始める。
財産の管理だけでなく、介護サービスの契約や入院手続きなど生活面の代理も委任できるのが任意後見の守備範囲です。
家族信託との決定的な違いは「身上監護」ができるか
家族信託は、財産を持つ人(委託者)が、信頼できる家族(受託者)に財産の管理・運用・処分を任せ、その利益を受ける人(受益者)を決めておく契約です。認知症で本人の口座が凍結されても、受託者が信託財産を動かせるため、実家の売却や賃貸などを止めずに進められる柔軟さが強みです。
一方で家族信託が扱えるのは、あくまで「信託に入れた財産」に関する行為だけです。介護施設の入所契約、入院の同意、要介護認定の申請といった本人の身の上に関する手続き(身上監護)は、財産の管理ではないため家族信託の対象外になります。ここを勘違いすると、「信託を組んだのに、施設の契約は結局代われなかった」という事態になりかねません。
| 項目 | 任意後見 | 家族信託 |
|---|---|---|
| 身上監護(介護・入院などの手続き) | できる | できない |
| 財産の運用・処分の柔軟さ | 本人の利益を守る管理が基本で、積極的な運用や処分には制約がある | 契約で定めれば柔軟な運用・処分も設計できる |
| 効力が始まる時点 | 判断能力の低下後、監督人の選任で発効 | 契約したときから |
| 監督のしくみ | 家庭裁判所が任意後見監督人を選ぶ | 原則なし(任意で信託監督人を置ける) |
| 契約の形式 | 公正証書が必須 | 公正証書での作成が一般的 |
広告この記事の結論:相続手続きのnocos
身上監護は信託ではできないなど制度ごとに違いがあるため、どちらを選ぶか専門家が在籍する窓口に相談する方法もあります。
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両者は排他的な関係ではありません。「財産の管理・承継は家族信託、介護や入院の手続きは任意後見」というように、目的の違う部分を組み合わせて併用する設計も実務では行われます。
費用はどこにかかるか|任意後見と家族信託の内訳

費用は「契約を作るときにかかる初期費用」と「制度が動き出してから継続的にかかる費用」に分けて考えると整理しやすくなります。任意後見は公正証書の作成と、発効時の監督人選任、そして監督人への継続報酬がかかります。家族信託は契約書(公正証書)の作成と専門家への設計報酬、不動産を信託する場合の登記費用が中心で、発効後の監督人報酬は原則ありません。
任意後見の費用
家族信託の費用
これらの初期費用の具体的な金額は、公証人手数料令や各事務所の料金表で確認が必要な部分です。任意後見は監督人報酬という「発効後もかかり続ける費用」がある一方、家族信託は初期の組成費用が中心で継続費用が抑えられる、という費用構造の違いを押さえておくと比較しやすくなります。家族信託の費用相場そのものは別の記事で詳しく扱っています。
どちらを選ぶかの判断フロー
目的から逆算すると、次の順で考えると迷いにくくなります。
- 介護施設の入所や入院の手続きまで、本人に代わって行う必要があるか。 必要なら任意後見(または法定後見)が候補になる。家族信託だけでは対応できない。
- 実家の売却・建て替え・賃貸など、財産を積極的に動かす予定があるか。 あるなら家族信託の柔軟さが向く。任意後見は本人の利益を守る管理が基本で、処分には制約がかかりやすい。
- その両方が必要か。 生活面の手続きは任意後見、財産の管理・承継は家族信託、という併用を検討する。
- すでに判断能力が低下しているか。 低下している場合は任意後見も家族信託も新たに結べず、法定後見に進むことになる。
「認知症に備えたい」という一言でも、その中身が生活の手続きなのか財産の運用なのかで答えが変わります。まずそこを本人と家族で言葉にすることが、制度選びの出発点になります。
制度が終わったあとの相続費用|名義変更の計算例

見落とされやすいのが、任意後見も家族信託も、本人が亡くなった後には相続の手続き(不動産の名義変更など)が別途必要になるという点です。生前の管理費用だけで比べず、最終的な相続手続きの費用まで含めて全体像をつかんでおくと安心です。
不動産を相続で名義変更するときの登録免許税は、固定資産税評価額の0.4%(1,000分の4)です(国税庁タックスアンサー No.7191、2026年9月時点)。評価額の合計が1,000万円の実家なら、1,000万円×0.4%=4万円が税額の目安になります。これに司法書士へ依頼する場合の報酬が加わり、日本司法書士会連合会の2024年3月アンケートでは、土地1筆と建物1棟・評価額合計1,000万円・戸籍等5通の取得・遺産分割協議書と相続関係説明図の作成・登記申請代理という設例で報酬の平均は74,888円でした。相続人や不動産の数で金額は大きく変わります。名義変更にかかる費用の全体像は相続手続きの費用相場をまとめた記事で確認してください。
なお、任意後見や家族信託を使っても相続税そのものが減るわけではありません。相続税の基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」(国税庁 No.4152)で計算され、制度の利用でこの枠が広がることはない点も理解しておきたいところです。
よくある質問
任意後見と法定後見は何が違いますか。
任意後見は判断能力があるうちに本人が後見人と内容を決めて契約するのに対し、法定後見はすでに判断能力が低下した後に家庭裁判所が後見人を選ぶ制度です。任意後見は「誰に何を任せるか」を自分で決められる点が大きな違いです。
家族信託だけで介護施設の契約はできますか。
できません。介護施設の入所契約や入院手続きは身上監護にあたり、財産管理を目的とする家族信託の対象外です。生活面の手続きまで代わってほしい場合は、任意後見や法定後見の利用を検討することになります。
任意後見と家族信託は併用できますか。
併用できます。財産の管理・承継は家族信託、介護や入院の手続きは任意後見、というように目的の違う部分を役割分担させる設計は実務でも行われています。それぞれ別の契約が必要になります。
費用はどちらが高くなりますか。
一概には言えません。任意後見は発効後に監督人への報酬が継続的にかかり、家族信託は初期の組成費用が中心という違いがあります。個別の金額は公証役場や依頼先の料金で確認が必要です。長く続く場合は継続費用の有無が総額を左右します。
認知症が進んでからでも任意後見は使えますか。
本人に契約を理解する判断能力が残っていない段階では、任意後見も家族信託も新たに結ぶことはできません。その場合は家庭裁判所に法定後見を申し立てる流れになります。備えは判断能力があるうちに動くことが前提です。
これらの制度で相続税は安くなりますか。
制度の利用そのもので相続税が減る仕組みではありません。相続税は基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)などをもとに計算され、任意後見や家族信託でこの枠が増えるわけではないためです。
参考・出典
- 国税庁 タックスアンサー No.7191(登録免許税の税額表): https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7191.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.4152(相続税の基礎控除額): https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4152.htm
- 日本司法書士会連合会「報酬に関するアンケート」(2024年3月実施): https://www.shiho-shoshi.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/11/2a2e2c594bc4cd9ff2ca0f6d916db85e.pdf
- 情報は2026年9月時点のものです。制度・手数料は改正される場合があるため、契約前に公証役場や専門家で最新の内容を確認してください。

